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最長片道切符の旅(2021年秋・冬)

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2日目:11月19日(金)①旭川→北見

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2日目:11月19日(金)①旭川→北見

旅2日目は、7時20分に起床。
コロナ禍の為、東横INNの朝食は個食となっていました。


紙コップに入っているのは味噌汁


東横INN旭川駅東口側から旭川駅方向を見る(左側に見えるのはイオンモールとJRイン)


71D特急オホーツク1号:旭川835→北見1127(札幌発/網走ゆき)

最長片道切符は新旭川で途中下車した扱いになっているので、旭川→新旭川の乗車券で入場します。
2日目は、石北本線・釧網本線・根室本線経由で帯広へ向かいます。
出発時刻を遅らせて睡眠時間を確保する為、道東の主要都市(オホーツク地方の中心都市)・北見までこの旅で初の特急に乗車します。


改札口にある発車標

5分ほど前にホームに来ましたが、並んでいたのはわずかでした。
自由席から降りる人はそこそこいましたが、4号車(自由席)は私を含め4人、3号車(自由席と指定席が概ね半分ずつ)は1人のみの乗車でした。

4号車はガラガラで10人ほどしか乗っておらず、簡単に奇数番A席を確保できました。
自由席にして正解でした。


自由席乗車口

ところで、冬季の北海道の列車は暑いような気がします。
それは、道民が寒がりだからかも知れません。
冬に半袖でアイスを食べるという話は有名だと思います。
かくいう私も、室温を24℃にして半袖で暮らしていました(笑)

外はマイナス10℃や20℃が当たり前ですから、暖かくするのは当然かも知れません。
故に、こたつを使う道民はほとんどいません。
本州では朝起きると白い息が出るのが珍しく有りませんが、道民からすると驚きです。


車内の温度は23.5℃から24.5℃に上昇(デッキに表示があります)

伊香牛を通過。
対向列車(4526D普通旭川ゆき、定刻856発)が待っていました。


平地はまだ雪が積もっていませんでしたが…

上川(916)で、4号車に1人が乗車しました(下車はなし)。


上川の手前から降雪が見られました

上川〜白滝は37.3kmあり、定期旅客列車が走る路線としては在来線で最長区間となっています。
(新幹線を含めると、北海道新幹線の奥津軽いまべつ〜木古内の74.8kmが最長区間。)
(広義では、津軽海峡線(複数路線の愛称)が最長区間と思われます。)

この区間は道央(上川)と道東(オホーツク)を隔てる北見峠を擁しており(石北トンネルで通過)、71D特急オホーツク1号では39分掛かります。
最長は遠軽1327発の4622D普通旭川ゆきで、54分もかかります。
9月27日〜10月1日・4日〜8日に実施されたバス代行では、代行バスの方が普通のみならず特急よりも速い(38分)という珍事がおきました。

これは、平行するE39旭川紋別自動車道の影響かもしれません。
E39旭川紋別自動車道は遠軽まで開通しており、その先の上湧別までが2021年に事業化、湧別から紋別までは一般国道238号紋別防雪事業として高規格化される予定です。
廃止された名寄本線の鉄道林を再利用するなど、鉄道が道路に取って代わる様子が伺えます。
北見方面も例外ではなく、一般国道333号遠軽北見道路(地域高規格道路)が一部事業化されており、自家用車の利便性は増すばかりです。


延伸し続ける無料のE39旭川紋別自動車道(一般国道450号)

さて、この区間は普通特別快速きたみが1往復ずつしかなく、日豊本線佐伯〜延岡と並んで青春18きっぷでの移動が困難となっています。
(人口希薄地帯なので、普通の需要がほぼありません。)

ちなみに、この区間には「白滝シリーズ(白滝カルテット)」と呼ばれた奥白滝駅(現在は信号場)と上白滝駅(廃止)があり、白滝駅(現役)を過ぎると、旧白滝駅(廃止)や下白滝駅(現在は信号場)があることで、一部の鉄道ファンには有名でした。


上白滝駅(2015年9月1日撮影)


旧白滝駅(2015年9月1日撮影)


下白滝駅(2015年9月1日撮影)

丸瀬布(定刻1012発)で、対向列車の6082D特急大雪2号(定刻1012発)と行き違い。
2分遅れで発車。

そうこうしていると、地上78mを誇る瞰望岩が。
これが見えるということは、もうすぐ遠軽です。
遠軽という地名は郵便局の名前に採用されて広がりましたが、その由来は瞰望岩を指すアイヌ語から来ています。
いわば、遠軽のシンボルと言えます。


登ることも出来ます

遠軽には10時30分に到着(定刻10時28分着・10時32分発)。
自由席には2〜3人が乗車(下車なし)。
未だに検札はありません。


遠軽での停車時間は短いが自販機での買い物は可能です


遠軽駅と瞰望岩(左奥)は目と鼻の先

遠軽で進行方向が変わるので、偶数番A席へ移動しました(自動放送あり)。


4号車(普通車自由席)

この旅行時(2021年11月)、自由席にはかぶり席がありましたが(特急剣山特急スーパーはくとなどにもありますね)、2023年3月にキハ183系が引退する為、2022年10月現在、そこだけ指定席になっています。


かぶり席(4号車17番A・B席)

生田原で2〜3人下車(1049〜1050/定刻1048発)。


生田原

遠軽町(旧 生田原町)から北見市(旧 留辺蘂町)へは常紋トンネルを通ります。
ところで、常紋トンネルは知る人ぞ知る心霊スポットとなっています。
と言うのも、常紋トンネルはタコ部屋労働で作られたトンネルなのです(1914年竣工)。


常紋トンネル(遠軽方)

タコ部屋労働とは、労働者を監禁して強制労働させるもので、当たり前ですが、現在では労働基準法で禁止されています。
語源については、飢えたタコが自らの足を食べるように、労働者が自らの命を削って働く様子など複数挙げられていますが、明確にはなっていません。


常紋トンネル通過中

常紋トンネルでは、長年、タコ部屋の労働者が人柱にされたという噂が伝わってきましたが、1968年の十勝沖地震に伴う修繕作業中(1970年)にトンネルの壁から頭蓋骨が発見され、その後も複数の遺体が発掘されました。
国鉄時代より常紋トンネルと隣接する常紋信号場では不可解な話が多く、列車の急停車が相次いでいたようです。

多くの人の犠牲で完成した常紋トンネルですが、今や石北本線が廃止の危機に陥っているというのは、何とも複雑な気持ちを抱かざるを得ません。


この壁にはまだ眠る方がいるかも知れません…

トンネルを抜けると、常紋信号場がありました。
スイッチバック式であり、転轍機周辺はスノーシェルターで覆われています。
常紋信号場は心霊スポットであると同時に、SLの撮影スポットであり、多くの鉄道ファンが降り立った場所です。


旧 常紋信号場

2001年に使用停止になったものの、閉塞の境としては使われており、本線の信号機は生きていました(接近標識もありました)。
2017年に正式に廃止され、現在は接近標識も本線の信号機も撤去されています。

常紋信号場へは、一般国道242号から「常紋入口」の看板を目印に林道調の道路を進むと辿り着けるようです。
私も通ってみたいと思いながらも、幽霊よりも熊とスタックが怖くて、未だ通ったことがありません。


旧 常紋信号場(北見方/2021年12月22日撮影)


常紋トンネル(北見方/2021年12月22日撮影)

常紋信号場の隣りにあったのが金華駅です。
現在は信号場になっています。
ここで、3582D特別快速きたみ旭川ゆきと行き違い。
なぜかキハ40でした(所定はキハ54かキハ150)。

隣の西留辺蘂に折り返し設備が無い為、朝夕に設定される西留辺蘂ゆき・始発の列車は金華信号場で折り返します。
西留辺蘂は留辺蘂高校の生徒の為に2000年に新設された請願駅ですが、留辺蘂高校が2023年度に募集停止となることから、西留辺蘂ゆき・始発の列車も含め、今後の動向が気になるところです。


旧 金華駅舎

常紋トンネル並びに常紋信号場での相次ぐ怪奇現象を受け、常紋トンネルの犠牲者を祀る慰霊碑が
建立されています。


金華駅舎の掲示(2015年9月1日撮影)


常紋トンネル工事殉難者追悼碑(金華小学校跡地/2015年9月1日撮影)

旭川からおよそ3時間、ようやく北見へ。
北見駅は市役所や図書館が隣接しており、駅を街の核として大切にしようとする姿勢が伺えます。


右手に見えるのが北見市立中央図書館(綺麗で大きいです)


キハ183系(2023年3月引退予定)

ちなみに、北見で初めて最長片道切符にハンコ(途中下車印)が押されました。


初スタンプの最長片道切符

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プロフィール

HN:
RICOH
性別:
非公開
自己紹介:
狭義のゆとり世代
出生〜2011年:大阪府
2011年〜2018年:福井県(嶺北)
2018年〜2021年:北海道(十勝)
2021年〜現在:大阪府

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